入眠導入に適した振動周波数・振幅の知覚範囲の調査

背景

不眠症は先進国で深刻な問題であり、夜間の入眠が難しくなることで日中の眠気や注意力の低下が発生する。ヨーロッパでは成人の10人に1人が慢性不眠症であり、アメリカでも調査対象の14.5%が入眠に問題を抱えている。日本でも同様に問題となっており、NHKの調査では国民の平均睡眠時間が7時間弱で、OECD加盟26カ国中最下位であることが明らかとなっている。不眠症の原因としては、学校や家族など人間関係のストレスによる心理的要因、糖尿病や呼吸器疾患による身体的要因、時差ボケや昼夜逆転による生活環境の変化による生理的要因などが挙げられる。このような不眠症問題の解決策として、リラクセーションが有益である。リラクセーションとは、環境や外部刺激によって引き起こされる交感神経活動の減少、副交感神経の増加による心身の休息を目的としたものである。これにより、ストレスの軽減、入眠促進、疲労回復などの様々な効果が得られる。このリラクセーションを行う手段として、身体の一部を対象としたマッサージや聴覚や嗅覚、触覚など五感を刺激する方法など、多くの手段が使用されている。しかし、それらは動作の限定や環境に依存する可能性がある。このことから動作の限定や環境に依存しにくい振動刺激が用いられることがある。過度な振動刺激は振動障害を誘発するが、適度な振動はリラクセーション効果があると報告されている。また、身体に対して一定の振動を提示した際、リラックス値が上がっていることから、振動刺激はリラクセーション効果が示唆されている。

目的

そのため、振動を用いて身体にリラクセーション効果を促し入眠をさせることができると考えられる。しかし、振動とリラクセーションにより入眠導入を行う際、入眠に適した振動提示範囲については明らかにされていない。したがって、本研究では入眠導入に適した振動周波数・振幅の知覚範囲を調査する。

実験デバイス

実験で使用した振動提示椅子に関連する装置を図1に示す。振動提示椅子は、被験者に合わせて振動子の提示位置を変更可能とするため、椅子の背もたれ部分にマジッククロステープを施した。振動子には、株式会社アクーブ・ラボ製のバイブロトランスデューサVp2シリーズVp216を採用した。

振動知覚閾値と不快振動閾値の主観評価

被験者は20~26歳の男性9名が参加した。被験者は椅子に座り、振動子が肩甲骨の内側部分に当たるように調整した。周波数条件は20~400Hzで、20Hz間隔で提示。振幅範囲は0~3.3Vで可変抵抗を操作し、振動知覚閾値と不快振動閾値を探索。振動を知覚し始めたらボタンを押し、その瞬間の周波数と振幅を記録。不快振動閾値は振動が不快になる瞬間を示し、同様に記録を行う。これを全周波数範囲で繰り返した。

被験者9名の振動知覚閾値と不快振動閾値を平均し、標準誤差範囲をグラフ化した結果、両者は40Hzから急激に低下し、60Hzを起点に上昇した。不快振動閾値は振動知覚閾値よりも急激に増加し、60~100Hzの範囲で知覚範囲が狭くなる。また、標準誤差範囲は振動知覚閾値では300Hzから、不快振動閾値では160Hzから広がっていった。

振動知覚閾値と不快振動閾値の両方とも、周波数が上昇するほど振幅値が増加する。また、振幅値が増加するほど標準誤差範囲が広がり、個人差が増加する可能性がある。特に300~400Hzでは標準誤差範囲が顕著であり、個人差が大きいと考えられるため、これらの周波数範囲は入眠導入には適さないと考えられる。一方、20~60Hzの範囲では振動知覚閾値と不快振動閾値が急激に低下し、標準誤差範囲も狭く、個人差が減少していると考えられる。

振動知覚閾値と不快振動閾値の客観評価

被験者は20~24歳の男性6名が参加した。実験1と同様に、被験者は椅子に座り、振動子が肩甲骨の内側部分に当たるように調整した。振動子を背中に提示した状態で5分間安静時の心拍を測定。その後、緑星の合計9つの振幅と周波数の組み合わせを取り出した。不快振動値は個人差が大きいため、確実に不快になるよう1.2倍に設定。その後、これらの振動をランダムに10分間提示し、心拍を測定した。

本実験では心拍から客観評価を行う。心拍は3つの電極を皮膚表面の心臓付近に取り付け、ECG(心電図)を用いて心臓が収縮する時の電気の流れであるR波の周期を測定する。R波とR波の間隔(RRI)からパワースペクトル密度を算出し、低周波成分(LF)と高周波成分(HF)を導き出す。その積分値から交感神経活動バランスを示すLF/HFを算出し、このLF/HFを客観評価として実験を行った。

右図では、前半と後半のLF/HF値を比較し、変化量をグラフ化した。前半のLF/HF比と後半のLF/HF比を比較すると、被験者のLF/HF比には安静時に比べて明らかな変化が見られた。具体的には、振動刺激を受けた後の被験者のLF/HF比が増加または減少し、個々の被験者によってその変化量に差があった。このことから、振動刺激が交感神経活動に及ぼす影響は、被験者ごとに異なることが示唆された。

また周波数ごとの比較では実験の結果、40HzではLF/HF値の増加が見られ、不快振動値が有用であることが示唆された。一方、160HzではLF/HF値にばらつきが見られ、個人差の影響が増加していることが明らかとなった。280HzではLF/HF値が減少し、不快振動値が効果を発揮しなかったことが示された。これらの結果から、周波数によって振動刺激の効果が異なり、特に40Hzが不快振動値として有効である一方、280Hzでは効果が期待できないことが分かった。

まとめ

本研究は、振動刺激による睡眠導入補助を目的とし、入眠に適した振動周波数と振幅の知覚範囲を調査した。実験1の結果、300~400Hz区間の振動は振幅値の増加や個人差が大きいため、入眠に適していないことが示唆された。一方、60~100Hz区間の振動は知覚範囲が狭いが個人差が小さいため、入眠導入に有用であると考えられる。実験2では、振動刺激によってLF/HF比が低下することが確認されたが、実験1と実験2の結果には関連性が認められなかった。これは、被験者の個人差や被験者数の少なさが影響していると考えられる。今後は、実験2の被験者数を増加し、入眠に適した振動範囲を明確にすることで、生体信号の反応に基づいて入眠に適した振動を算出するデバイスの開発を目指していく。

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